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簀子地区

簀子地区は舞鶴小学校統合前の旧簀子校区である。
北は博多湾に接し、斜張橋の「荒津大橋」がある。かつては、遠洋漁業基地として栄えた。
[簀子]の町名の由来は、この町の北の海中に「簀子石」と呼ばれる大きな岩があったことによるという。
この岩と地中で続いている簀子石が昭和の初期まで現在の家庭裁判所付近にあり、潮の干満が分かる神秘の石と言われたが、 その後、姿を消してしまった。
 現在の福岡船溜は、江戸時代に荒津山(西公園)下の入り江を浚渫してつくられ、波奈(はな)の港と呼ばれる福岡藩の船溜であった。
平安時代末期に築かれた博多の袖の湊も那珂川の河口も次第に土砂に埋もれて、港としての機能を失っていたので、江戸時代は重要な役割を担った。
しかし、明治になり次第に荒廃して、この船溜が漁港として復活するのは、昭和に入ってのことであった。

●簀子自治連合会
●簀子公民館
※自治協議会の区域と通学区域は異なる場合があります。