2026-08-24
令和8年7月25日、26日の2日間、福岡市南区長住の長住大通りで「長住まつり」が開催され、2日間で約18万人が来場しました。
長住まつりは毎年7月の最終土曜日に開催されていますが、今年は50周年の節目を迎え、翌日曜日も含めた連日開催となりました。

長住まつりの運営スタッフは、商店街や自治会などからなる『長住まつり振興会』や、イベント警備、ボランティアを含めると約150人にのぼります。
近年は猛暑による熱中症対策も重要な課題となっており、運営スタッフは救護や見守りを行いながら安全な祭りの運営に努めているそうです。今年は純真学園大学から約40人の学生ボランティアも参加し、見回りなどの運営を支援しました。
長住まつり当日は、14時頃からステージイベントがスタート。ステージでは地域の人々が主役です。歌やダンスなどが披露され、会場は早くから盛り上がりました。
15時30分からは交通規制が始まり、長住大通りから長住中央公園まで約1キロメートルが歩行者天国となりました。
いつもは車が行き交う長住大通りを、「わっしょい!わっしょい!」という元気な掛け声とともに、子ども神輿が練り歩きました。沿道の人達から水をかけてもらいながら、暑さに負けず元気に進みました。

開会式とテープカットに続き、福岡市消防音楽隊、城南高校和太鼓部、キッズダンスなどが華やかなパレードを繰り広げました。
福岡市南区の高木泉美区長も参加し、沿道の方々へ長住まつりのうちわを配布しました。



以前は「屋台は通りに出るもの」という考え方が一般的でしたが、現在は大通りに加えて、長住中央公園の内外にも屋台が並び、祭りの日には多くの人が集う交流の場となっています。

夕方からは大分県玖珠町の協力による、まつりの名物「ジャンボ鯉のぼり通り抜け」が行われました。
玖珠町は、「日本のアンデルセン」と呼ばれる久留島武彦氏の出身地として知られ、「童話の里」として日本一の鯉のぼりを掲げる町です。台風被害の際のボランティア活動をきっかけに、地域同士のつながりが生まれ、現在も協力関係が続いているそうです。

「今年50周年にありがとう。次の50年に夢を」
長住自治協議会の八坂会長は、50周年を迎えた思いを次のように語りました。
「かつては参加者の一人でしたが、第40回からは自治会長として運営にも携わっています。
長住まつりは今から50年前、校区内に住んでいた元福岡市長の山崎広太郎氏も発起人の一人となって始まりました。
当時、テレビニュースで「放生会」の様子を見て「子どもたちにも祭りの楽しさを知ってほしい」と考えました。しかし、小さな子どもを連れて東区まで出かけるのは簡単なことではありませんでした。
そこで、「祭りの方が来てくれないか」という発想から、放生会に出店している屋台へ相談したことが長住まつりの始まりです。
校区の祭りは小学校のグラウンドで行われることが一般的ですが、長住まつりは開始当初から大通りを通行止めにして開催されました。
試験的に開催したところ大盛況となり、商店街や自治会も加わりました。その後、子ども神輿やパレードなどの催しも生まれ、地域全体で育てる祭りへと発展していきました。
だからこそ、みんなのアイデアで新しいことに挑戦できる夢のある祭りです。
多くのスタッフの協力と、大勢の方の参加で続けられています。
大規模な地域祭りが減っている中、浴衣を着る機会として毎年楽しみにしている人も少なくありません。高校生や大学生になり校区外へ通学するようになっても、新しい友人を連れて訪れる姿が見られます。次の50年も、この熱意を受け継いでいきたい。」
地域外からも多くの来場者が訪れる長住まつり。住民の想いによって育まれてきたこの祭りは、これからも次の50年へ受け継がれてくことでしょう。
長住まつりの詳細情報は、長住大通り商店街ホームページをご確認ください。